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私のプログラミング歴の紹介(2) 〜大学生・社会人編〜

2020 年現在 37 歳である私のプログラミング歴の紹介です。プログラミング歴といってもマスターしたわけではもちろんなく、ある程度触ったことがあるくらいのものの紹介で前回の中学生・高校生編からの続きとなります。大学に入ってからいろいろと本格的に学び始めました。

https://hirogeru-blogs.com/?p=557
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大学生時代 C / C++ / JAVA / Perl / PHP / SQL

 勉強が疎かになったもののなんとか地方国立大の工学部に入学することができました。いよいよ本格的にコンピュータの勉強をしていくことになり、まず入学当初に必須とされていたノート PC を買ってもらいました。Windows Me (懐かしい) がインストールされていましたが、講義では Turbo Linux を使っていたので Linux とのデュアルブートにしてました。講義では C++ をメインに使っていたのでそこでオブジェクト志向という考え方も学ぶことができました。アルゴリズムを教わって、それをコーディングする講義が好きで好成績でした。今はなくなってしまった初級シスアドやソフトウェア開発技術者という資格も取得しました。バイトは特にせず遅くまで大学のパソコンのある部屋に居て勉強して充実した日々だったと思います。問題だったのが家でのネット環境ですね。地方でまだまだ ADSL とか光ファイバーとか普及していなかった時期なので、苦肉の策として Air H” (エアエッジ。これも懐かしい。) に契約してました。これもだいぶ繋がりにくかったですが。そういう時は大学の図書館の無料 LAN (と言っても当時は有線でした。LAN ケーブルを持参してました。)に繋げてネットしてました。ケータイも持ち始めましたが最初に持った機種が折りたたみ式ガラケーの N503i とか i モードの時代でやっと i アプリというものが出てきた頃です。大学 4 年生になり、研究室配属となるとそこで先輩から「 Web サイト開発の会社のバイトをしてみない?」と声を掛けられバイトをすることになりました。よくある買い物サイトのカートやホテルの予約サイトの作成を Perl でして当時としては割の良いお小遣いを貰えていました。

社会人時代 Delphi / COBOL / Objective-C

 大学を卒業した後は、夏休みにインターンをした東京にあるソフトウェア会社に勤めましたが長くは続きませんでした。給与計算とかそういった事務的なソフトウェア開発に関心が持てなかったのもありますし、Delphi と COBOL という枯れた技術を使っていて社員の技術スキルも「?」な感じではありましたし、長時間労働、満員電車通勤で病んでしまったというのもあります。そういったいろいろな要因が重なり退職しました。それ以降も何社か転職しましたが長くは続かなかったです。プログラミングは好きですが、システム開発作業自体はあんまり好きではないような気がします。かなりの自分勝手ではありますが「他人の書いたコードを読むのが面倒くさい」「一から全部自分で作りたい」みたいな。あとは与えられた作業だと何のためにやっているかがいまいち見えにくいというのもあります。その後は、コンピュータ関係の仕事には就きませんでしたが、一度ケータイを始めて iPhone に変えた時ぐらいに iPhone アプリでも趣味で作ってみようかなと思い Objective-C も学んでみたこともありました。こちらもあまり長続きしなかったですが。

結果

と、まあ長々と需要はないと思われる自分のプログラミング遍歴を書いてみました。また機会があればそれぞれを掘り下げて書いてみたいとも思います。昔を思い出して書いていると懐かしいと感じることが多く、歳を取ったなというのが主な感想です。思えば学生時代は「プログラマ 35 歳定年説」なんてものを知って不安になっていましたが、いつの間にかその年齢も越えてしまっていました。ソフトウェアやゲームやサイトを作るという目標ですとプレッシャーが高まって断念しがちではあるので、今回は純粋にプログラミングを楽しむという目的で取り組んでいきたいと思っています。